株式会社 石見銀山群言堂グループ

根のある暮らしから 次の世代へ継承する

株式会社 石見銀山生活文化研究所/株式会社 石見銀山生活観光研究所

「根のある暮らしが私たちのものづくりの原点」

 島根県大田市大森町。『石見銀山鉱山遺跡とその文化的景観』で世界遺産登録された中心地に、素材にこだわり暮らしに根ざしたものづくりを全国に発信する《株式会社石見銀山群言堂グループ》がある。日本の古き良き技術と自然素材にこだわった群言堂ブランドのアパレル・雑貨の企画製造販売をはじめ、古民家再生、カフェ、宿泊施設の経営、食品・スキンケア商品の企画開発、そして観光事業と多岐にわたる。多角経営に見えるが、すべての活動は、自然と文化が響き合う大森の暮らしの中から生まれ、その価値を伝えることだ。群言堂ブランドは、日本の伝統的な織物などを使った《登美》に始まり、暮らしの楽しさを表現した《根々》などを展開。大森町にかまえる石見銀山群言堂本店のほか、全国の百貨店を中心に約30店舗を出店している。2009年、農学博士の社員の取り組みで、銀山周辺の梅の花から自然酵母の採取に成功。かつて銀鉱山の鉱夫は、粉塵や鉱毒から身を守るため、柿渋マスクに梅肉を塗っていた。その史実を物語る梅の花から採取された梅花酵母は新しい地域資源として特許を取得した。発酵スキンケアシリーズ《MeDu(めづ)》や江津市のクラフトビール醸造所と共同で、梅花酵母と地元の原料を使った「梅花ビール」を開発した。
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 ちなみにブランド名の《群言堂(ぐんげんどう)》とは、中国の言葉で「仲間が自由に議論し、一つの良い流れをつくっていくこと」という意味。ブランドを立ち上げる前、創業者夫婦が大森の自宅にホームステイさせた中国人留学生に教えられた言葉だ。夫婦の名は、株式会社石見銀山群言堂グループの松場大吉会長と、ブランドのデザイナーで《株式会社石見銀山生活文化研究所》の松場登美所長。二人は名古屋で出会い手作りショップ《BURA HOUSE》を立ち上げ、パッチワーク商品の下請けを始めたが、1981年、松場会長が実家の呉服店を継ぐために、大森町へ帰郷。BURA HOUSEのブランドで、手作りのキッチン小物やエプロン、インテリア雑貨を作り、全国に卸販売するほど好評を博した。「いつかは島根に帰ると決めていたし、初めて訪れた時から、私はこの地が好きでした」と、登美さん。

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「BURA HOUSEも、その後の群言堂もブランドとして確立できたのは、この地のおかげです」と語る。着る人の体と心に寄り添う服、心が元気になれる服づくりをしたいという登美さんの思いから、群言堂は「見て楽、着て楽、心が元気」を服づくりのテーマにしている。また、ブランド創出時から、日本の職人の手で作られた自然素材の生地を多く使って服づくりを行う根底には、『服薬(ふくやく)』という考え方が生きている。「ある時、中国の古書に“飲食衣服、これ大薬なり”という言葉を見つけました。漢方やお灸の治療より、普段の食事や衣服が一番の薬。気に入った服を身に着けることも健康につながるという古人の教えに、大きく背中を押されましたね」と振り返る登美さん。日本の風土に根ざした自然素材で誠実に作られた衣服には、人の心も体も元気にしてくれる力があるのだ。

 一方、大森に帰郷直後から、古民家再生にも力を注いでいる。石見銀山群言堂本店の建物は、1989年、初めて買い上げて改修したものだ。およそ300坪の敷地に建つ築170年の旧商家は、およそ20年の歳月をかけ少しずつ手を加えて再生した。これまで再生した古民家は、10棟。店舗や宿、社員寮として、新しい命を吹き込んでいる。また、同時に大工や茅葺き、左官職人など日本の伝統技術の継承にも貢献したいと願っている。

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大森にどっしりと根づき ものづくりを追求する社員たち

 グループ全体で、195名の社員が働く群言堂。大森町で働く65名の約3分の2は、全国からIターンした人たちだ。「外から来た人は、この町の魅力に早く気づき、愛着を感じやすいのかもしれません」と松場会長。梅花酵母でクラフトビールづくりを提案し、醸造所と共同開発したのは、アメリカからIターンした男性社員だ。デザイナーとして入社した福島県出身の社員は、田んぼや畑を耕し、ヤギを飼い、「現代型百姓」を目指しながら町の景観づくりにチャレンジしている。彼らのように、この町に住みながら、働きたいと希望する人が増えている。
 根のある暮らし編集室で広報業務を担当する三浦類さんは、愛知県出身。東京の大学時代、ゼミの教官に誘われ、松場会長の講演会に参加し、大森の暮らしの魅力を語る経営者とまだ見ぬ町に興味を持った。会長に「ぜひ丁稚奉公させてください」と手紙を送り、大学最後の夏に1カ月のインターンで初めて大森へ。古民家の佇まいや、町の人が景観を守りながら暮らすことに魅力を感じた。入社後は、本店カフェや販売促進部をへて3年目に広報業務へ。少し仕事に迷いが出た頃、松場会長から会社の広報紙づくりを指示された。タイトルは《三浦編集長》。取材、撮影、執筆を一人で手掛けた後、昨年より《三浦編集室》としてリニューアルし、大森で共に暮らす仲間やゲストライターも加え再発進した。今はフリーペーパーとしても認知され、この紙面を通して様々な交流が広がっている。会社や地域に共感してくれる読者がもっと増えることも目標の一つだ。三浦さんは現在一児の父親だ。
《三浦編集室》担当の三浦類さん

全国のファンに向けて大森町の魅力を発信する広報誌《三浦編集室》

根のある暮らしについての情報を発信する《根のある暮らし編集室》

 神戸の大手アパレル勤務をへて、Iターン入社した多田純子さんは、デザイナー、パタンナーと連携して業務をすすめる生産管理を担当している。「前職では、決められたレールの上を走り続け、いつまで走ればよいのかわからなかった。大量生産、大量消費、廃棄が当たり前で、流行りのデザインを入手し、一週間でサンプルを仕上げ、一週間で売ることもあり、ものづくりの実感がなかった」という。転職の際は、入社をギリギリまで悩んだ。島根県は、出雲には来たことがあったが、大森は初めての土地。電車に揺られながら思ったよりも遠いと感じた。群言堂で働く自分は想像できても、大森町で暮らす自分は想像しにくかった。それでも、会長からの「留学したつもりでおいでよ」の一言が背中を押した。群言堂に入って一番驚いたのは、地に足の着いたものづくりの姿勢だった。「生地は糸選びから始まり、デザイナーが現地の機屋さんに行き、素材の風合いを相談することもあります。独自性のあるデザインで、時流は捉えながらも流行りに流されず。機屋、縫製工場、洗い加工、刺繍などの工場さんや職人さんたちと一緒にものを作っていると感じます」
打ち合わせ中の生産管理担当の多田純子さん
次期の商品のパターン制作を行うパタンナースタッフ

顧客の注文商品を梱包する物流スタッフ

 販売促進部の佐藤愛(まな)さんは、長野県出身。大学時代、群言堂の店舗スタッフと仲良くなり、大森の本社に興味を抱いた。島根には縁もゆかりもなかったが、大学4年の夏休みに1カ月半のインターンシップに訪れた。実家の長野とくらべ観光地化され過ぎず、暮らしやすそうな町だと感じた佐藤さん。「新しい人をすんなり受け入れてくれるやさしさがありますね。社員の方も町民の方々もやさしく、居心地の良い時間を過ごしました」。現在、オンラインショップのページ制作を担当している。紹介するアイテムが更新される時期は、特集を組んだり撮影したりと忙しい。コロナ禍でオンラインショッピングのニーズが高まり、お客様がオンライン上でより商品情報を得られるように、写真の見せ方や説明文の内容にこだわる。社内では、他部署のスタッフとの連携にも積極的だ。「デザイナーがすぐ近くにいるので、デザインや品質へのこだわりを直接聞いて、ページに反映しています」と語る。また、9月に発売した梅花ビールでは、ラベル制作も担当した。梅の枝からつくった絵具を使い、大森町の風景を楽しんでいただけるようデザインにも工夫した。本社まで歩いて10分ほどの、女子寮住まい。縁側のある部屋に暮らし、最近、庭で3羽のニワトリを飼い始めた。
販売促進部の佐藤愛さん
佐藤さんがラベル制作を手がけた梅花ビール
仙ノ山から見下ろす大森の町並み
日本各地の職人と共につくったオリジナルの生地
自然と人の営みが共存する景観

サンプルのサイズ確認を行うパタンナースタッフ

 築230年の武家屋敷を十数年かけて再生した《暮らす宿 他郷阿部家》は、08年のオープン以来、県内外の注目を集めている。今年7月からスタッフになった山碕千浩さんは、島根県飯南町の出身。東京に進学し、卒業後は飲食企業に就職。約7年を東京で過ごし、そろそろ島根に戻るのも良いと思いUターンした。「飯南町に帰らなかったのは、大森町の時間の流れが、自分に合っていると感じたから。また、大学時代から暮らしの中の「食」に関わりたいと思っていたので、群言堂に採用された時はうれしかったです」と語る。他郷阿部家は、”暮らしを感じられる場所だ。お客様お一人おひとりのご要望に沿ったおもてなしを、今は試行錯誤しているところだ。「まだまだ覚えなければならない事がたくさんありますが、長期的な目線で仕事ができるようになりたいです」と話す。

他郷阿部家スタッフの山碕千浩さん
阿部家の客間を掃除する山碕さん
季節ごとにスタッフが作っている果実酒やシロップ(他郷阿部家)
 販売本部の坪内友紀さんは、入社5年目。中四国、関西東南部のエリアマネージャー兼卸担当として、店舗のディスプレイや什器の管理をしたり、店舗ごとにコミュニケーションを図ったりと、幅広い業務を担っている。「仕事を任される幅が広がってきたので、益々やりがいを感じています。自分の仕事はここまでと制限せず、色々なことにチャレンジしています」と話す。坪内さんは京都府出身だが、祖父の家が大森町にあり、子どもの頃からこの地の魅力は知っている。海、山、川が身近にあるのもこの町の良いところだという。「町の方は、来る人を温かく受け入れてくださいます。また、職場にもすぐ打ち解けられました」と語る。坪内さんは、忘年会や来客時のおもてなし担当としても活躍している。
売場の什器を調える販売本部の坪内友紀さん
ある日の社内レクリエーション風景
1988年から「根のある暮らし」を発信する群言堂石見銀山本店
群言堂本店のスタッフ
本店併設カフェのスタッフ

町並みや生活文化を未来につなぐ地域一体で交流創出へ

 2019年7月、群言堂グループは、観光事業に特化した《株式会社石見銀山生活観光研究所》を設立した。事業の目的は、この地に根ざした暮らしや文化を、未来に伝えること。以前から、群言堂や他郷阿部家などを通して試みはしてきたが、地元行政や他企業と連携しながら、生活観光として質を高め、新しい価値を創り出す考えだ。新会社を率いるのは、これまで広報や販売促進業務を担当してきた松場忠社長だ。「観光という言葉は、中国の古典「易経」の『国の光を観る』が語源で、その国の良い所や希望を観ることを指します。訪れる人たちが、石見銀山の町並みや生活文化に触れ心が豊かになり、同時に地域に程良い賑わいをもたらすような企画を提案していきたいです」と話す。
石見銀山生活観光研究所の松場忠社長
ワークステーションと呼ばれる群言堂本社内部
岩山に建つ観世音寺から眺める大森町
町の穏やかさと賑わいの両立を目指し、2007年に定められた「石見銀山大森町住民憲章」

石見銀山代官所跡周辺地域活性化協議会にも関わる松場社長は、大森町の新たな試みとして、町並み全体を一つのミュージアムに見立て、作品や文化財を観て歩けるイベント、『石見銀山ウォーキングミュージアム2020』(7月18日~11月3日)を開催した。長さ800mのメインストリートに位置する石見銀山資料館、重要文化財熊谷家住宅、石見銀山群言堂本店など、全6箇所の歴史的建造物を主会場に、1回目の企画展は、『詩(うた)と生活(くらし)とデザイン展』と題し、大田市在住の詩人・佐々木寿信さんと、グラフィックデザイナーの葛西薫さん共作の詩集や映像作品をはじめ、大田市出身の写真家・藤井保さん、大森町在住の彫刻家・吉田正純さん、グラフィックデザイナーの佐藤卓さん他アーティストの作品が、丁寧に作られた暮らしの道具や設えと共に展示され、訪れる人たちを愉しませた。「今回のイベントが、群言堂の取り組みをたくさんの方々に知っていただくきっかけとなり、行政や観光事業者などからも反響をいただきました。”道が無いところに道を作るという不安もありますが、長年やりたかった事に着手することができ、仕事する楽しさの方が上回っています」。

大森の町並みにある古民家も使い、企画展を開催
あえて古いトタンを配した外壁がモダンな本社の入口
阿部家のアプローチ
本社前の田んぼの稲刈りも社員たちが行う
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株式会社 石見銀山群言堂グループ
業種
製造小売業
事業
内容
アパレル及び生活雑貨の企画・生産・販売、スキンケア商品の企画・開発、飲食・宿泊事業
創 業 平成10(1998)年9月
代表者 石見銀山群言堂グループ
    代表取締役 松場 大吉
    石見銀山生活文化研究所
    所長 松場 登美
    副所長 峰山 由紀子
    石見銀山生活観光研究所
    社長 松場 忠
社員数 195名(男19名 女176名)
〒694-0305
島根県大田市大森町ハ183
TEL/0854-89-0131
東京BASE(営業事務所)
全国の店舗
暮らす宿 他郷阿部家
暮らす宿 只今加藤家
Re:gendo(東京・西荻窪)

求める人材像

常に相手の立場に立って物事を考え、チームワークを大事にし、人と接する事が好きな方

弊社の企業理念に賛同できる方

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